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2020年10月17日 (土)

(2208) 沈黙 -サイレンス-

【監督】マーティン・スコセッシ
【出演】アンドリュー・ガーフィールド、リーアム・ニーソン、窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、アダム・ドライバー
【制作】2016年、アメリカ

日本に渡った宣教師の過酷な運命を描いた作品。遠藤周作の小説が原作。

日本で布教活動をしていたフェレイラ神父(リーアム・ニーソン)が棄教したという報せを受け、彼の教えを受けたセバスチャン・ロドリゴ(アンドリュー・ガーフィールド)とフランシス・ガルペ(アダム・ドライバー)の二人の神父が日本を目指す。道中のマカオで日本人のキチジロー(窪塚洋介)を案内役にし、二人は長崎県のトモギ村にたどり着く。島には多くのキリスト教信者がおり、二人は村人に歓迎されるが、やがて密告によりキリシタンを率いていた「じいさま」(笈田ヨシ)ら四人が人質となり、踏み絵を踏んで十字架につばを吐きかけたキチジローは放免されるが、残りの三人は拷問を受け命を落とす。役人の調査が村に入ることになり、ロドリゴとガルペは別々に逃走。ロドリゴは向かった先でキチジローに再会。ロドリゴは悩みながらもキチジローの告解を聞き入れる。しかしロドリゴはキチジローの密告により敢えなく役人に捕らえられてしまう。他の信者とともに投獄されたロドリゴは、統治者の井上筑後守(イッセー尾形)や通訳係(浅野忠信)から棄教を執拗に迫られる。信者の一人(加瀬亮)は突然斬首され、ロドリゴは激しく動揺する。別の場所にいたガルペも捕らえられ、棄教しきれないまま、簀巻きにして海に放り投げられる信者(小松菜奈)を助けようとして海に泳ぎだし、信者小松菜奈)とともに溺死する。
井上筑後守の指示により、ロドリゴは棄教したフェレイラと再会。ロドリゴはフェレイラの棄教に至る話を聞くが、彼を軽蔑する。しかし、その夜、信者達が逆さ吊りの拷問を受け、死の間際にいる様子を目の当たりにしたロドリゴは、踏み絵のキリストから「自分を踏め」という声を聞き、ついに棄教を受け入れる。その後、ロドリゴは棄教した確認を何度もされながら、フェレイラとともに宗教的な禁輸品を判別する役を担いながら日本で暮らす。キチジローは引き続きロドリゴとともにいた。ロドリゴはキチジローに一緒にいてくれてありがとう、と謝辞を述べる。キチジローは棄教したロドリゴに告解をしようとし、ロドリゴは戸惑いながらもそれを聞く。やがてロドリゴは日本人の未亡人とその子を家族とし、やがてその生涯を閉じる。火葬される彼の手の中には、小さな十字架が握られているのだった。

グッドフェローズ」や「ディパーテッド」などから受けるマーティン・スコセッシ監督の印象とは異なる、江戸時代の日本が舞台の作品。一方で、物静かなすごみ、逃れられない暴力・理不尽という点では、通底するものもある。火刑や荒磯での十字架刑、簀巻き、斬首、逆さ吊りなど、残酷な処刑や拷問の写実的な暴力描写は見応えがあった。無宗教な自分には、棄教か殉教か、とか、キリスト教か仏教か、と葛藤する信条は理解が難しいし、教えに背くより死を選ぶという考えには「健康のためなら死んでもいい」にも似た矛盾を感じるが、ロドリゴ神父の苦悩は厳しい自然の風景なども効果的に取り入れ、うまく映像化されていた。
本作は英語と日本語が両方使われている。ポルトガル人が英語で会話するのかよ、というところは置いておいて、アメリカ映画だと日本人同士の会話も英語になってたり、日系アメリカ人を使って日本語がぎこちなかったり、ということがよくあるが、本作は日本人同士は日本語で話すし、しかも長崎の方言で話すので、その辺りは日本人の目から見ても自然でよかった。ハリウッド映画経験のある浅野忠信だけでなく、イッセー尾形までも長い英語のセリフを感情豊かにしゃべるのも一見の価値あり。
また、全編チェックしたわけではないが、本作はBGMが少ないのも特徴的。エンドロールも波風や虫の音が響くだけという独特なもの。確かにこの作品には、洋楽もオーケストラも、外国人には耳慣れない和楽器なども似合わない。面白い趣向だった。

【5段階評価】4

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