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2020年8月 2日 (日)

(2132) さびしんぼう

【監督】大林宣彦
【出演】富田靖子、尾美としのり、藤田弓子、小林稔侍、浦辺粂子、岸部一徳
【制作】1985年、日本

女子高生に片思いをしている男子高校生と、彼の前に突如現れた少女との不思議な経験を描いた青春映画。「転校生」、「時をかける少女」とともに尾道三部作の一つ。

尾道の寺の一人息子、井上ヒロキ(尾美としのり)は写真が趣味だがお金がなくてフィルムが買えず、片思いの女子高生(富田靖子)にさびしんぼうと名付け、カメラの望遠レンズで眺めていた。ヒロキの母親のタツ子(藤田弓子)は怒りん坊で、ヒロキに勉強しろとうるさく、ピアノでショパンの別れの曲を弾くことも勧めるが、ヒロキはうまく弾けないのだった。
ヒロキはある日、部屋の中に見たことのない不思議な格好の少女(富田靖子、二役)がいるのを見つける。彼女はさびしんぼうと名乗り、ヒロキの前に出たり消えたりするようになる。彼女はタツ子にヒステリーババァと悪口を言い、タツ子は少女を叩くが、不思議なことにタツ子自身の同じ所が痛くなる。どうやら少女は若い頃のタツ子のようだが、ヒロキもタツ子もそれに気づいていない。
ある日、片思相手の少女が自転車のチェーンが外れて困っているところに出くわしたヒロキは、自転車を押して渡し船に乗り、彼女の家の近くまで送る。彼女は橘百合子と名乗るが、翌日再開しても知らん顔。不思議に思うヒロキに百合子からのチョコレートと手紙が届く。手紙にはもう会わないと書かれていた。
さびしんぼうが、明日17歳になると私はいなくなるとヒロキに告げる。その日、ヒロキは以前から準備していたプレゼントを百合子に届けるが、百合子は感謝の言葉を述べつつも、もう会うつもりはないようで、ヒロキにさよならを告げる。雨の中、家に戻ったヒロキは、家の前の石段でずぶ濡れになっているさびしんぼうを見つける。さびしんぼうは別れを告げようと思ったと言って、ヒロキに抱きつく。ヒロキはさびしんぼうを抱きしめるが、いつの間にか彼女はいなくなる。次の日、母親のタツ子は石段で、自分が17歳の頃の写真を拾う。そこには雨で目の化粧が流れたさびしんぼうが映っていた。
時が過ぎ、ヒロキは跡取りとして僧侶になっていた。妻(富田靖子、三役)はさびしんぼうにそっくりで、ピアノで別れの曲を弾く娘(富田靖子、四役)もまたさびしんぼうにそっくりなのだった。

多感な男子高校生の前に現れた不思議な少女が実は母親、というのは、なかなか衝撃的な設定。その間に恋愛感情が生まれるととってもややこしいことになるわけだが、本作は微妙なところでその領域には踏み込まず、世代を超えた運命を美しく描いている。富田靖子が演じる清楚ではかなげな女子高生のかわいさは必見。青春の甘酸っぱい思い出を蘇ること間違いなし。佐藤江梨子に顔が似ていた。
そうした清純な青春映画である一方で、女性教師(秋川リサ)のスカートが脈絡なく脱げてパンツ丸見えになるというシーンが数回登場したり、校長(佐藤允)の買うオウムが「たんたんたぬきの金玉は~」の歌を歌うとか、ゴキブリが服の中に入ったと言ってタツ子が上の服を脱いで下着姿で大騒ぎしたり、といった、下品なネタもあり、その辺りのテイストは「ねらわれた学園」と共通。思えば「転校生」でも、小林聡美が演じる少女(男の子に心が入れ替わっている)が上半身裸になるシーンがあったりするので、実は尾道三部作のうち「時をかける少女」だけが例外的にそういった性的描写のない、純粋な作品なのだということに気づいた。今回の放送は大林宣彦監督の追悼の位置づけだったが、「転校生」も名作なのに、なかなかテレビで放送しないのはなぜなんだろう。

【5段階評価】4

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