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2019年5月20日 (月)

(1887) ゲノムハザード ある天才科学者の5日間

【監督】キム・ソンス
【出演】西島秀俊、キム・ヒョジン、真木よう子、中村ゆり、伊武雅刀
【制作】2014年、日本

司城志朗の小説を映画化した作品。記憶を入れ替えられた科学者が妻の死を巡る謎に立ち向かうSFミステリー。

ある日、デザイナーの石神武人(西島秀俊)が帰宅すると、電気の消えた部屋の中にろうそくがともっており、部屋の中には妻(中村ゆり)の死体があった。そこに電話がかかる。相手は妻の美由紀だった。訳の分からない石神。そこに警察を名乗る二人の男が尋ねてくる。二人は家に上がり込むが、なぜか死体は消えていた。二人は石神を車で連れ出し、「オ・ジヌ」という人物のことを尋ねる。石神は二人が警察ではないと気づき、隙を突いて脱走。通りかかった韓国人女性記者のカン・ジウォン(キム・ヒョジン)に助けを請い、石神の妻の実家に向かう。しかし、そこには別人が住んでいた。ジウォンはファミレスで石神の話を聞く。そこにも追っ手が来たため、逃げた二人は、ラブホテルに宿泊する。翌朝、石神は妻の電話番号や自分の勤務先の社名を思い出せなくなっていた。ジウォンは石神の調査を行うために外出し、石神は知人の伊吹(浜田学)に会いに行く。石神は伊吹に家を調べに行ってもらう。そこにまたも謎の男達が迫ってくる。石神は科学の知識を使って電子レンジを時限爆破し、その隙に逃走する。デザイン会社に赴いたジウォンは、デザイン会社で働いていた石神が、彼女の知る石神とは別人であることを知る。夜、二人は再び石神の家に行く。石神はルミノール反応で血痕が確かにあることを確認。ベランダに出たジウォンは、そこに携帯電話が落ちているのを見つける。そこにまたも謎の男達が現れ、石神は連れ去られてしまうが、ジウォンの機転によって二人は逃走。ジウォンの拾った携帯は、彼女が日本で会おうとしていた状況提供者の女性のものだった。ジウォンは、石神が二人の女性と結婚していたのではないか、と疑う。
次の日、石神は、アルツハイマーの研究をしている研究所に向かう。そこで石神は、「ジヌ」と呼びかけられる。彼は実は韓国人の研究者で、人の記憶を吸収して吐き出すことのできるウィルスを研究していたことが判明。ジヌの妻はユリと言い、彼が尋ねた実家は美由紀の実家ではなくユリの実家だったため、石神武人は部外者と受け止められてしまっていたのだった。ユリは、ジヌがユリの記憶を失って美由紀と暮らしていることを知り、ジヌと美由紀の暮らす家に忍び込んで、ジヌとの思い出だったろうそくによる遺伝子構造式を部屋に作っていたのだ。石神が帰ってきたときにあったユリの死体がなくなっていたのは、まだ部屋に犯人が潜んでいたせいだった。美由紀が拉致されていることを知った石神は、謎の集団のもとに向かい、飛行機で韓国に飛ぶ。待っていたのは、製薬会社のボス(イ・ギョンヨン)だった。彼はジヌのいた研究室に監視カメラを仕掛けていた。そこに映っていたのは、杉沢製薬の佐藤博士(伊武雅刀)が大けがをした石神を連れ込み、それに気づいて通報しようとしたジヌがウィルスに感染してしまうという一部始終だった。ジヌの記憶が石神の記憶によって上書きされようとしており、ジヌはいわば人体実験の被験者となっていた。研究の情報を提供するよう迫るボスに、ジヌは情報は東京にあると告げる。記憶を操作することで永遠の命を得られるようになると喜ぶボスに対し、ジヌは実験は失敗であることを告げる。石神の記憶は1年しかもっていないのだった。ジヌはボスの車から脱走。東京の佐藤博士のもとに戻る。銃を手に、ジヌは佐藤博士に真相を尋ねる。佐藤博士はよそ見運転で石神を轢いてしまい、彼を使ってウィルスの人体実験をすることを思いつく。はずみでウィルスはジヌに感染するが、ジヌは石神の自宅に出入りするようになり、佐藤は経過を見守っていたのだった。ジウォンは隠しマイクで研究室でのやりとりを記録していた。研究室を後にしたジヌは、ジウォンに別れを告げると、再び伊吹の元に向かう。伊吹は石神の家に、夜いたことに気づいたからだ。石神の家には、昼と夜で絵が変わる趣向の絵画があり、伊吹が話したのが夜に見られる絵であったからだ。伊吹は真相を話す。ユリが石神の家に忍び込んでいるのに気づいたのは美由紀だった。美由紀はユリともみ合いになり、倒れた拍子にユリが頭を打ち、命を落としてしまう。美由紀は伊吹に相談し、伊吹がユリの死体をベランダから墜として死体を隠蔽。そのため、いつの間にか死体は消え、ユリの携帯がベランダに落ちていたのだった。伊吹と美由紀は養護施設育ちで、佐藤博士が後見人だった。そのため、二人は博士に協力し、石神を観察していたが、美由紀は本当に石神を愛するようになってしまったのだった。
石神の記憶が途絶え途絶えになったジヌは、公園で美由紀に再会。美由紀はことの真相を告げる。ジヌは薄れゆく記憶の中で美由紀にありがとうを述べ、意識を失う。
一年後、職場に向かったジウォンのもとに、ジヌの手紙が届く。二人は再会。ジヌはジウォンと会った記憶はなくしているようだった。ジウォンはジヌを食事に誘うのだった。

記憶を上書きするという、東野圭吾作品にも見られるようなSFもの。話が複雑なので、一度観ただけでは分かりづらいが、よく練られた作品だった。監督が外国人であるせいか、日本のはずの街の景色に、「僕の彼女はサイボーグ」の時にも感じた、パラレルワールドのような虚構感があった。また、これも外国人監督であるせいなのか、セリフを棒読みしているような芝居臭い不自然さが随所に感じられた。

【5段階評価】3

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