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2019年3月17日 (日)

(1849) 西部戦線異状なし

【監督】ルイス・マイルストン
【出演】リュー・エアーズ、ルイス・ウォルハイム、ジョン・レイ
【制作】1930年、アメリカ

エーリヒ・マリア・レマルクの小説を映画化した作品。第一次世界大戦に巻き込まれるドイツの若者の運命を描いている。

第一次世界大戦が開戦したドイツ。学校では老いた教師が戦争の美徳を説き、若者は狂喜乱舞して兵士に志願する。若者達が送り込まれた訓練所には、郵便配達人のヒンメルストス(ジョン・レイ)がいた。普段通り気さくに話しかける若者達だったが、ヒンメルストスは上官として彼らにえばりちらし、訓練で彼らをしごく。いよいよ戦場に送られるという前夜、若者達は酔ったヒンメルストスを袋だたきにして腹いせをする。
戦場での最初の仕事は、前線での鉄条網張りだった。ベテラン兵のカチンスキー(ルイス・ウォルハイム)が爆弾への対処の仕方などを若者達に教える。前線では敵の砲弾が絶え間なく放たれ、若者達は恐怖する。逃げ惑う中で目を負傷したベーム(ウォルター・ブラウン・ロジャース)が命を落としてしまう。
そしてついにフランス軍との戦闘が始まる。大量の敵を撃ち殺し、それでもやってくる敵と塹壕で死闘を繰り返し、反撃に出る。若者達は半数に数を減らしてしまう。生き残ったポール(リュー・エアーズ)たちは、病院に送られたケメリック(ベン・アレクサンダー)の見舞いに行く。立派なブーツを父親に与えられたケメリックだったが、彼は足を負傷し、切断されていた。ケメリックはポールの見守る中、息を引き取る。
前線に戻ったポールは、敵との死闘の中、砲弾の穴に逃げ込み、敵兵が頭の上を飛び去るのをおびえながら眺めていた。そこに一人のフランス兵が降りてくる。彼は持っていた短剣でフランス兵を刺す。フランス兵はすぐには死なず、瀕死の状態で生き続けていた。二人きりの状況が続く中で、ポールは刺したことを後悔し始め、彼を介抱しようとするが、フランス兵はやがて動かなくなる。彼の胸元には妻と娘の写真があった。ポールは泣きながら遺骸に詫びる。
生き残ったポールは、フランスの娘とたわむれ、つかの間の休息を楽しむが、次の戦闘で負傷し、入院することになる。奇跡的に回復したポールは、故郷に戻る。母校では相変わらず老教師が若者を扇動していた。老教師に若者に何か言ってやってくれと頼まれるポール。生徒達は英雄を見るようなまなざしを彼に向ける。しかしポールは、戦場がいかにむなしいものかを語ることしかできなかった。戦争を知らない生徒達はポールを臆病者と罵る。ポールは戦地に戻る。
そこにはかつてのポールのような新米兵がいた。彼はすっかりベテラン兵になっていた。ポールは戦地でカチンスキーと再会する。二人は再会を喜ぶが、敵の戦闘機の爆撃により、カチンスキーは足を負傷し、命を落としてしまう。気力なく塹壕に待機していたポールは、目の前に蝶がとまっているのを見て、蝶に手を伸ばす。その彼を、遠くからフランス軍の狙撃兵が狙っていた。銃声が聞こえ、ポールの手は動かなくなるのだった。

ドイツ兵を主人公にしたアメリカ映画という珍しい形態。アメリカ映画らしく、ドイツ人たちはみな、英語を話す。第二次世界大戦前の古い作品だが、兵士達が次々と撃ち殺され、爆撃で吹き飛ばされた兵士が、もげた手だけになるといった描写は、それなりに迫力がある。両軍がただただ殺し合う殺伐としたシーンと、コメディのような休暇のシーンとの緩急があり、細かい挿話をつなぎ合わせたような作風になっている。のちの戦争映画にも影響を与えたであろう、近代戦争映画の古典のような作品だった。

【5段階評価】3

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