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2019年3月11日 (月)

(1844) カメラを止めるな!

【監督】上田慎一郎
【出演】濱津隆之、しゅはまはるみ、秋山ゆずき、長屋和彰、竹原芳子、真魚
【制作】2017年、日本

ゾンビ番組撮影の顛末を明かすコメディ。サスペンスものと言ってもいいようななぞ解き風の展開が魅力。

序盤は30分超のワンカット撮影によるゾンビもの。ゾンビ役の神谷和明(長屋和彰)が若い女優、松本逢花(秋山ゆずき)を襲うシーンの撮影。ダメ出しをした監督役の日暮隆之(濱津隆之)は、スタッフに廃墟の施設の屋上に血糊をまくよう命じる。スタッフ役の中年女性、晴美(しゅはまはるみ)は、施設は肢体を蘇らせる実験場だったという都市伝説の話をする。すると、外で悲鳴が聞こえ、助監督役の男(市原洋)が本物のゾンビ(細井学)に襲われ、ゾンビ化して俳優に襲いかかる。監督はそれをそのまま撮影し始める。監督はゾンビを復活させ、それを撮影に取り入れるという暴挙に出ていた。神谷は助監督ゾンビを建物の外に誘導し、ドアを閉める。録音係の山越俊助(山崎俊太郎)はずっとドアの近くに力なく座り込んでいたが、突如、「ちょっと」といって屋外に出てゾンビに襲われてしまう。監督は建物の中に録音係ゾンビを放り込み、3人が慌てるシーンを撮影。晴美がゾンビの首をはね、外に出て車で逃げようとするが、今度は助監督ゾンビが襲いかかる。逢花は逃げ惑い、再び建物に逃げ込む。ところが、逢花の足に噛まれたような傷があるのを見た晴美は、興奮して逢花に襲いかかる。逢花はまたも屋外に逃げ、建物の屋上に上る。それを追った晴美の脳天に、逢花を助けようとした神谷が斧をたたきつけて殺害。ところが神谷は晴美ゾンビに襲われてしまう。それを見て逢花は絶叫し続ける。しばらくして、序盤の撮影シーンと同様、ゾンビと化した神谷が逢花に襲いかかる。神谷は何度か動きを止めるが、ついに逢花は神谷ゾンビの首をはねる。監督はそれを見て、筋書き通りにしろ、と逢花に激怒するが、逢花は監督に襲いかかり、監督を斧で滅多打ちにすると、血まみれになった顔で力なく屋上を歩く。血糊で描かれた魔方陣の中心まで進んだ逢花をカメラが情報から捉え、エンドロールが流れる。
そして話は一ヶ月前に遡る。ゾンビ専門チャンネルの開局にともない、そこそこの仕事をする撮影監督の日暮のもとに、30分ノーカット生中継のゾンビ番組の依頼が入る。主演の神谷はいろいろと内容に口出しをし、逢花もまた設定にNGを連発。気の弱い日暮は言われるがままに妥協する。日暮の妻は晴美だった。元女優の晴美は、日暮の番組の脚本を何度も読み込み、内容をすっかり把握しており、一人娘の真央(真魚)もまた、神谷ファンだったため、脚本を読んでいた。撮影当日。カメラマン役の細田は酒がやめられず、差し入れの酒を飲んで泥酔。さらにスタッフ役の女性が現場に到着できない事態に。困った日暮は、自ら監督役を行うことにし、スタッフ役は妻の晴美がやることになる。ドタバタ状態の中、番組はスタート。
ここから、序盤のワンカットシーンの伏線が見事に回収されていく。主演の二人に切れまくる監督の言葉は、アドリブ混じりの本気の罵倒で、目薬で涙を見せるはずだった逢花は、ショックで本当の涙を流す。どこか演技の古くさい晴美は、元女優だから演技が下手だったのだ。ゾンビ役の細田が助監督役の山越に吹きかけた吐瀉物は本物のゲロだし、録音係が外に出たのは撮影前に飲んだ水のせいで腹を下し、トイレを我慢できずに外に出ていたのだった。途中でカメラが倒れたままになったのは、腰痛持ちのカメラマン(山口友和)が腰を痛めて動けなくなったためで、撮影を希望していた助手の松浦(浅森咲希奈)が交代していたのだった。晴美が逢花に襲いかかったのは、晴美が撮影に没頭しすぎて我を忘れてしまったためで、廃屋に身を潜めた逢花のもとに突如現れたゾンビ姿は、逢花に廃屋を出たところで斧を拾え、というカンペを出しているスタッフだった。逢花が斧を拾って棒読みのようなセリフをつぶやいたのもそのせいだった。屋上まで逢花を追いかけた晴美を日暮は羽交い締めにして昏倒させ、斧を頭にはめ込んでいた。そのため、逢花の絶叫シーンは無駄に長かったのだった。そして最後の情報からの撮影シーン。カメラ用のクレーンが騒動によって使えなくなったため、現場にいた撮影陣が人間ピラミッドで台を作ることになり、その段取りに手間取ったために日暮が何度も神谷にストップをかけていたのだった。最後のシーンは人間ピラミッドの上に立った日暮が真魚を肩車し、真魚が撮影していた。それはまるで、幼い真央が父親に肩車されて嬉しそうにしている姿のようだった。
こうしてぐだぐだなシーンはありながらも何とか番組は形になり、プロデューサーの笹原芳子(竹原芳子)はご満悦の表情で打ち上げに向かう。現場は撮り終えた安堵と心地よい疲労感と一体感が漂うのだった。

序盤の素人臭い演技や奇妙な間、無駄なやりとりに全て意味があり、それが後半で回収されていく様子が快感。2回観たくなる作品。エンドロールでは、実際の撮影シーンをさらに撮影しているドキュメンタリー風の映像が流れており、徹底したサービス精神を感じた。こういうのはジャッキー・チェンのエンドロールにも通じるところがあった。
今回のテレビ放送では副音声で監督と出演者が裏話を披露しており、それも面白かった。
唯一、細田が逢花にゲロをぶちまけるシーンがちょっと中途半端でよく分からなかったのは残念だったが、30分ワンカットという条件では、それもまた仕方のないところだろう。

【5段階評価】4

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