« (1796) JKニンジャガールズ | トップページ | (1798) 斉木楠雄のΨ難 »

2018年12月30日 (日)

(1797) わたしを離さないで

【監督】マーク・ロマネク
【出演】キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ
【制作】2010年、イギリス、アメリカ

カズオ・イシグロの小説を映画化した作品。臓器提供を運命づけられた若者の恋と人生を描く。

ヘールシャムの学校で学ぶ子供たち。しかし何か通常の学校とは微妙に異なる雰囲気がただよう。子供達は感情を抑制されたようであり、ガラクタとしか思えない一部のかけたような人形や中味の分からないカセットテープ、吹き口だけのリコーダーなどのものを、集めたコインを使って手に入れ、嬉しそうにしている。
彼らは、臓器提供のために産まれた子供達だった。早いと一回目で、多くても四回目の臓器提供で生涯を閉じる運命にある。そのことを生徒達に告げた教師(サリー・ホーキンス)は学校を追い出される。
学校での生活が終わり、一般社会での共同生活が始まる。ヘールシャム出身のキャシー・H(キャリー・マリガン)は興奮すると大声をあげてしまうトミー(アンドリュー・ガーフィールド)と学校時代親しくしていたが、ルース(キーラ・ナイトレイ)が二人の間に入り込み、トミーとルースが恋人同士のようになっていた。別の施設から来たクリシーとロッドは恋人同士で、恋人になると臓器提供開始時期に猶予が与えられるという噂についてヘールシャムの三人に訪ねるが、そのような話を聞いたことのないキャシーは、噂はデマであることが多い、と言うしかなかった。
キャシーは介護士となる道を選び、しばらくの間はドナーの世話をすることになる。ある日、ルースが臓器提供をしていることを知ったキャシーは10年ぶりに彼女と再会。ルースは一緒にトミーに会いに行く。うち捨てられた船のある海岸で、ルースは自分が嫉妬からキャシーとトミーの間に割って入ったことを告白して謝罪する。償いのために、マダムに執行猶予をもらえるよう、マダムの住所を手渡す。トミーは認めてもらえるようギャラリー向けの絵を何枚も持って、キャシーとともにマダムの家を訪ねるが、そのような執行猶予のしくみは今も昔もないと告げられる。帰りの夜道で、トミーはドライバーのキャシーに頼んで車を降りると、大声で絶叫する。それは猶予が認められなかったことへの絶望の叫びだった。キャシーはトミーを抱きしめる。
ルースは最後の臓器提供を終えて逝き、トミーもキャシーに見守られながら何回目かの臓器提供の手術に入り、生涯を閉じる。2週間後、キャシーにも臓器提供開始の知らせが届く。キャシーは過去に思いをはせて草原を眺めるのだった。

文学作品が原作らしい、静かな印象の作品。小説の章の節目のように場面が転換する際、少しくすんだ黄色や緑のような色が単色でスクリーン一面を占めるのが独特だった。
臓器提供を運命づけられた人々だけでなく、周囲の人々も含めて感情の起伏が小さく、描き方が淡々としていてあまり抑揚がないので、なんとなく観た後の感動も薄く、結局なんだったんだろうな、という印象もあった。かといって、理不尽な運命を恨んで泣き叫んだり感情的になったりするのも違う気はするのだが。

【5段階評価】3

|

« (1796) JKニンジャガールズ | トップページ | (1798) 斉木楠雄のΨ難 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

評価3の映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: (1797) わたしを離さないで:

« (1796) JKニンジャガールズ | トップページ | (1798) 斉木楠雄のΨ難 »