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2012年3月 5日 (月)

(692) 羅生門

【監督】黒澤明
【出演】三船敏郎、京マチ子、森雅之
【制作】1950年、日本

芥川龍之介の小説の映画化作品。ただし、小説の羅生門は、この映画のストーリーとは異なる(死体の髪を売るために抜く老婆と、それを見つけた男の話)。

とある夫婦と盗賊が話の中心である。盗賊の多嚢丸(たじょうまる)(三船敏郎)が、女を我が者にしようと二人の後を追う。多嚢丸は男(森雅之)をだまして縛り付けると、女(京マチ子)を夫のところへ連れて行き、女を強姦する。女は多嚢丸に、夫と決闘をして、勝った方について行くと告げる。多嚢丸は男の縄を解き、決闘の結果、男を倒すが、女は逃げてしまった、と検非違使の裁きの場で証言する。
しかし、そこに登場した女は、全く違う証言をする。多嚢丸は自分を手込めにした後いなくなり、自分は夫を助けようとするが、夫のさげすむような視線に耐えられず、夫に自分を殺してくれ、と告げる。しかしその後、気を失い、気がつくと短剣が夫の胸に刺さっていたのだと言う。
巫女が呼ばれ、今度は殺された男の霊が証言をする。驚いたことに、女は強姦された多嚢丸に情が移り、夫を殺してくれ、と多嚢丸に告げたのだという。ところが多嚢丸は女の非情さにあきれ、男に対して、この女を殺そうか、と告げ、結局二人ともいなくなる。生きる気力を失った男は、短刀で自害したのだという。
しかし、真相はこうであった。多嚢丸は女を強姦した後、強盗は足を洗うから一緒になって欲しい、と女に懇願。女は夫の縄を解き、それを決闘の合図と多嚢丸は考えるが、夫の方は女を「二人の男の前で恥ずかしいさまを見せて、なぜ自害しない」と責め、「こんな売女はくれてやる」と多嚢丸に言い放つ。すると多嚢丸も、急速に女への熱が冷め、その場を立ち去ろうとしてしまう。立場のなくなった女は、夫ならなぜ多嚢丸を殺そうとしない、と男を責め、多嚢丸に対しても、更正するから一緒になってくれと言った多嚢丸の女々しさをあざける。
あおられた男二人は決闘をはじめるが、二人の決闘はへっぴり腰で見られたものではなく、最終的には多嚢丸が自分の剣をおそるおそる男に投げつけただけであった。
これらの話は、杣(そま)売りの男(志村喬)によって語られる。この話を聞いていた下人(上田吉二郎)は、捨てられた赤子の服を剥いで持ち去っていく。杣売りは下人をなじるが、おまえも女の持っていた高価な短剣をくすねただろう、と言い返し、走り去っていく。
その場にいた僧は、非情なる人間の本性を目の当たりにして世をはかなむが、杣売りが赤子を自分が育てようと決心するのを見て、救われるのだった。

古い作品だが、話は鮮明でテンポもよく、引きつけられる。序盤、事件を語る杣売りが、藪の中を進むシーンがある。延々と続いて長いので、「2001年宇宙の旅」にもあったような、昔の映画にあるテンポの悪さなのか、と退屈しそうになるのだが、見終わってみると、この長さには意味があったのだと感じられる。延々と歩き続けることで、この杣売りが、日常の世界から、人間の卑小な自尊心が渦巻く狂った世界へと踏み込んでいく、ということが表現されているように思えるのだ。

【5段階評価】3

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