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2009年11月24日 (火)

(17) 明日の記憶

【監督】堤幸彦
【出演】渡辺謙、樋口可南子、及川光博
【制作】2005年、日本

凄絶な映画だ。

痴呆症をテーマにした作品はいろいろある(「人間の約束」もなかなか重い)が、この映画は若年性アルツハイマーを扱っており、自分には関係ないと振り払うことのできない怖さがある。

主演の渡辺謙氏はこれを「関わった人すべての人生を飲み込んでしまう」と表現している。アクション映画にしろホラー映画にしろ、多くの映画は、自分の日常の外にあるものを安全な立場から見ることができる。どれだけ映画の中の登場人物に感情移入できるか、が係わりの評価軸なのだが、この映画は、否応なしに自分の日常にのしかかってくる。

【5段階評価】4

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最初に怖さを引き立たせるのが、序盤の診察シーン。
及川光博演じる医師が、渡辺謙演じる佐伯雅行にいくつかの質問をする。
最初は「年齢をおっしゃってください」、「今日は何年何月何日ですか」、「今日は何曜日ですか」といった簡単な質問。しかし、佐伯はくだらない質問だとばかにしながらも、その答えは危なっかしい。
そして「『さくら』、『電車』、『ねこ』。この言葉を覚えておいてください。あとでまた尋ねます。」と言われ、いくつかの質問のあと、「さきほどの3つの言葉を言ってください」と問われる。
ここで観る側は否応なしにこの映画に巻き込まれる。「自分は大丈夫か、覚えているか」と。
映画の中の雅行は、うまく答えられない。しかし実は自分もこのとき、「あれ・・・!? さくらと、電車と・・・、うわっ、もう1個なんだっけ!? 」となってしまったのだ。ほどなく思い出しはした。しかし、明日、同じテストをされたとしたら、果たして思い出せるだろうか。もしかすると、という恐怖がこみ上げてくる。

続けて、「ハンカチ、コイン、腕時計、ペン、名刺。これを覚えてください。」これらを机の上に並べながらそう言った後、角2封筒でこれらを覆い隠して、「机の上に何がありました。」

・・・このシーンも怖い。
今、映画を見ている自分は、5つをきちんと覚えていた。諳んじることができた。しかし、かろうじて覚えているだけのような気がする。
雅之が狼狽しながら「あれっ・・・? カギ・・・!? がありましたよね。あと・・・ペンライト! 」
今の自分は「カギなんてないない、ペンライトじゃないよペンだよ」と思うことができているが、果たしていつまでそうやって自信を持っていられるのだろうか。いやむしろ、いつか必ず、この佐伯のようになる日が来るのではないだろうか、という思いにさいなまれる。人の記憶力とは、なんてあいまいでもろいものなんだろうと気づかされるのである。

「アルツハイマーで間違いありません。」と冷徹な声で診断を下した医師が、屋上で半狂乱になる佐伯に、「あなたにも、自分にできることをやってほしい」と訴えるシーンは、心を揺さぶった。
実は「キャシャーン」の及川光博を観たときに、「なんて台詞回しの下手な役者なんだ」と思ってしまったのだが、この役ははまり役だった。もともとクールだった医者が、声が裏返りそうになりながら語る熱い台詞は、胸に響いた。

もう一つ。
樋口可南子演じる妻・枝実子の額(ひたい)から血が出るシーン。この演出はすごい。
激高する妻に、思わず陶器を振り上げ殴りつけてしまう。しかし、その記憶が飛んでいる。目の前にあるのは、色あせた光景と、突然、妻の頭から伝い落ちる一条の鮮血。いつの間にか手に握っている凶器・・・。自分が自分でなくなる瞬間。背筋が凍った。

他にも、いくつも、通常ではあり得ないような記憶の欠落の描写。しかし、どれもが、本当に今まで自分に一度もこういう事がなく、これからも無縁であり続ける、とは言い切れないところがあり、恐怖をあおる。

エンディングについては賛否両論あるようだ。個人的には、テレビで見たせいなのかもしれないが、「あれ、これで終わり? 」という印象だった。その後は冒頭の介護施設のシーンにつながるということなのだが、そこをもう少しクリアにする演出があってもよい気がした。
例えば、吊り橋のシーンから暗転し、冒頭と同じ介護施設の遠景の中、枝実子が「あなた・・・」と優しく呼びかける台詞が響いて終わるとか、「あぁ、あの冒頭のシーンでは、すでに雅之は妻に対する記憶がない状況だったのか・・・」と気づかせるような演出があると、より冒頭シーンの悲しさが引き立ったような気がする。

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